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Channel: ジャックの談話室
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エチオピア周遊(12)

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☆アディスアベバからアルバミンチへ
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アディスに1泊して翌日、アルバミンチに飛ぶためにボロ空港、もといボレ空港へ。

私は今回の旅でいったい何度この空港を利用することになるのでしょうか(正解:6回)

当初、アディス=アルバミンチ間のフライトは直行便を予約したのですが、日本を出発するぎりぎりになって予約サイトからフライトスケジュールに変更があったという連絡がありました。

その結果、フライトはジンマ経由になり、当初1時間で着く予定だったのが2時間かかることになりました。

アディスからの乗客の大半はジンマで飛行機を降り、ジンマから乗り込んで来た乗客も少なかったので、アルバミンチの空港に降り立ったのは十数人でした。

外国人は私と白人女性の二人きり。彼女とエチオピア人の乗客は出迎えがあったみたいで全員どこかに消えて行き、

あとから私一人がターミナルビルを出たのですが、玄関で待ち構えていた十人以上のトゥクトゥクの運転手がいっせいに私をめがけて突進して来て争奪戦を繰り広げたのでした。

特に強硬な4人の運転手が私のキャリーバッグの取っ手を握って放しません。


見かねた空港職員が割って入ってやっと運転手たちが手を放したのですが、一番必死の形相でキャリーバッグの取っ手を掴んでいた中年のオッサン・ドライバーを指名して彼のトゥクトゥクに乗り込みました。

トゥクトゥクはアルバミンチの町に向かって走り出しましたが、途中、渡った橋の下の川で男たちが裸になって水浴びしていたり、牛飼いの少年に率いられた牛の群れに行く手をい阻まれたり、

エチオピアもここまで来ると愈々「ブラックアフリカ」に来たという感じがします。

アルバミンチの町では北部で優勢なアムハラ族が減って、牧畜民系の精悍な顔つきの黒人が増え、頭をドレッドヘアにしたレゲエ風の兄ちゃんもちらほら見かけます。

レゲエとエチオピアの関係に興味がある方は「ラスタファリズム」でぐぐってみてください。

アルバミンチの町に着いてまず最初に「歩き方」に載っていたツーリストホテルに行ったのですが、フロントで宿泊料金を訊いたら、

このホテルは宿泊料金がエチオピア人向け料金と外国人料金の二本立てになっていて、外国人料金が割高だったので辞めにして、隣のカイロ・ホテルに行きました。

カイロ・ホテルは150ブル、200ブル、300ブルの部屋があって、200ブルの部屋を選びました。

窓に鉄格子が嵌っている陰気な部屋でしたが、どうせ一晩しか泊まらないのだからと、我慢することにしました。

アルバミンチは、エチオピア南部の少数民族の村を巡るツアーの起点になる町で、部屋に入るとすぐにホテルのマネージャーがやって来て、

車をチャーターして南部の村を回らないかと勧めてきましたが、ローカルバスで回ることにしているからと断りました。

この日の夕方、ホテルの近くのローカルレストランで初めてエチオピア料理の主食であるインジェラを食べました。

インジェラというのはテフというイネ科の穀物の粉を水で溶いて発酵させ、クレープ状に焼き上げたもので、日本人旅行者の間では不味いと評判で、嫌う人間が多いといいます。

私はそれほど不味いとは思わなかったけれど、インジェラの生地の上に載っているドロドロした得たいの知れないモノが口に合わず、結局、インジェラを使ったエチオピア料理は、このときしか食べませんでした。
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インジェラ

エチオピアは過去にイタリアに占領されていたことがあって、そのせいかパスタ類やピザは美味しく、エチオピア滞在中はもっぱらスパゲッティを食べていました。

スパゲッティばかりではいい加減、飽きてくるのですが、それ以外の「西洋料理」は「なにこれ?」と言いたいようなものが多く、結局、スパゲッティを注文することが多かったです。

それでもエチオピア人は基本的に料理のセンスはあるような気がします。

ラリベラで泊まったゲストハウスの1階の食堂で食べた卵サンドは、柔らかくてホカホカのパンにオムレツを挟んだだけの簡単なものでしたが、オムレツの塩味がパンとよく合って、とても美味しかったです。

続く




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