☆ミュンヘン
クリスと別れてから、わたしたち一行は現在のクロアチアの首都であるザグレブに一泊したあと、雪に埋もれたオーストリアのザルツブルグを経由してドイツのミュンヘンに到着した。
オーストリアは通過するだけで半日しか滞在しなかったことになる。
ザルツブルグでは、オーストリア人のステファンが車を降りて、一行に別れを告げた。
その後、ミュンヘンに着いたが、ザルツブルグほどではなかったものの、かなり雪が積もっていた。
到着後、わたしたちはそこそこ良いレストランで食事をした。
わたしとオーストラリア人のネッドを除くヨーロッパ人の仲間たちは、ヨーロッパに戻って来れて嬉しいのか、浮き浮きした様子ではしゃいでいた。
レストランでは、ババリア風の民族衣装を着たブロンド美人のウェイトレスがわたしたちにサービスしてくれた。
「彼女は美人だなあ。ドイツは美人が多いね」
とイギリス人のジョンがいうと、色男のマーティンが、
「誘ってみようか?」
といった。
「誘えるのかい?」
ジョンの顔が期待に輝いた。
「まかしとけ」
マーティンは、食事が終わって勘定書きをもってきた彼女にチップをたんまり弾み、何やらドイツ語で話していた。
そして彼女が向こうに行ったあと、「OKだってよ」といったので、みんなは歓声を上げた。
そのとき初めてみんなはわたしの存在に気がついたようだった。
わたしは彼らと違って、初めてヨーロッパの都市に着いてガチガチに緊張していた。
とてもブロンド美人と一緒に遊びに行く気になれなかったが、その気持ちは仲間にも伝わったらしく、
「彼をどうしよう?」
ということになり、
「このままほってはおけないよ。みんなで遊びに行く前にユースホステルに送り届けるよりしょうがないよ」
とマーティンがいい、わたしをユースに送り届けることが決まった。
食事が終わるとレストランを出て、駐車場に停めてあったランドローバーの中でウェイトレスが出て来るのを待った。
私服に着かえた彼女がやってくると車は出発し、ユースホステルに寄ってわたしを降ろしたあと、一行は夜の巷に消えていった。
翌朝早く、ユースホステルの玄関にいたら、ジョンとジョージとクライブのイギリス人三人組がランドローバーに乗ってユースホステルにやってきた。
彼らは車から降りることなく、後部座席から、
「これをネッドに渡してくれ」
といって、ネッドのリュックを放り投げ、車を降りることなく、
「じゃあ、あばよ、元気でな」
といって、そのまま急いで走り去って行った。
その後、しばらくしてネッドが血相を変えてユースホステルに飛び込んできた。
「俺の荷物はどこだ?」
と訊くので、
「あそこだよ」
とさっきイギリス人たちが放り投げていったままの状態で玄関に転がっているリュックを指さしたら、慌てて駆け寄り、リュックを開けて中味を調べ始めた。
そして何も盗られていないことがわかったのか、大きな安堵のため息をついた。
それからしばらくすると、今度はマーティンが慌てた様子でホステルに駆け込んできた。
「俺の荷物はどこだ?」
と訊くので、
「知らないよ。イギリス人たちはネッドのリュックしか置いていかなかったよ」
といったら、
「やられた!」
とうめき声を上げた。
いったい、何が起こったのか?
マーティンの説明によると、昨晩、わたしをユースホステルに送り届けたあとみんなで美心のウェイトレスを連れてバーに飲みに行ったという。
そしてそのあとみんなでホテルに行って泊まったそうだが、金髪美人のウェイトレスをものにしたのはマーティンだったという。
「それでイギリスの連中は頭にきて、俺の荷物を持ち逃げしたんだよ」
とマーティンは悔しそうにいった。
「タイで買ったルビー、インドで買ったサンダルウッドの香料、アフガニスタンで買ったハッシーシ、イスタンブールで買った金の三連リング。。。」
マーティンは、荷物に入れていた旅の土産物を一つひとつ指折り数えて惜しんでいたが、もう遅かった。
警察に被害届を出しに行くので一緒に来てくれとマーティンがいうので、彼と共に警察に行って「証人」として証言したが、今更、被害届を出しても間に合わないだろうと思っていた。
今朝のイギリス人たちの慌てふためきようから見て、彼らは今頃、アウトバーンを猛スピードでベルギー国境に向かって走っているに違いなく、
今日中にはベルギーのオステンドの港に着いて、ドーヴァー行きのフェリーに乗るだろうと思った。
傷心のマーティンは結局、手ぶらのまま故郷のベルリンに帰っていった。
続く