☆ 進むべきか、引き返すべきか
テヘランで、ジョンとジョージという二人組のイギリス人と出会った。
彼らは、イランで車を売るために、イギリスのロンドンから二台のランドローバーを運転して陸路、テヘランまでやってきた。
目的はイランで車を売ることである。
当時、イランでは外国車は100パーセントの関税がかかるために高価だったのだが、陸路イランに車を持ち込むとその関税が免除されたそうで、
そのため、ヨーロッパから車を運転してイランに持ち込んで売るという商売が成り立っていたのだ。
ヨーロッパのユースホステルの掲示板などに「イランまでの車のドライバーを求む」という求人広告がよく出ていたのを思い出す。
ジョンとジョージは、運転してきた二台のランドローバーの内の一台をテヘランで売って、残りの一台に乗ってイギリスに戻る予定だったが、ガソリン代を浮かすためにバックパッカーの同乗者を募集していた。
テヘランからイスタンブールまで10ドル、イスタンブールからミュンヘンまで6ドルの計16ドルを払えば、ミュンヘンまで乗せていってくれるという。
ローカルのバスを使うよりも安い料金だし、彼らのランドローバーに乗り込めば黙っていてもヨーロッパまで連れていってくれるのだから便利といえば便利である。
それでアフガニスタンから一緒に旅してきたクリス、マーティン、ステファンのヨーロッパ人三人組とオーストラリア人のネッドは、彼らに16ドル払ってミュンヘンまで行くことに決めた。
ユーゴ人のクリスは「お前も一緒に行くだろ?」と訊いてきたが、わたしは即答できなかった。
実はそのとき、わたしは日本に引き返すことを考えていたのだ。
アジアンハイウェイをヨーロッパに向かって北上していく途中で、ヨーロッパから南下してくる日本人の旅行者に何人も出会ったのだが、みんな口を揃えて今、北欧で仕事を見つけるのは難しいという。
わたしは北欧のスウェーデンで仕事を見つけて働くつもりでいたが、日本からスウェーデンまで片道の旅費しかもってこなかったので、もしスウェーデンで仕事が見つからないと路頭に迷うことになる。
テヘランに着いた時点で、わたしの懐にはまだ9万円ほど残っていた。
計算すると、それだけあればぎりぎり日本まで帰ることが出来ることがわかった。
それで、いっそのことヨーロッパに行くのを諦めて、このまま日本に引き返した方がよいのではないかと考えるようになったのだ。
その考えを彼らに話すとみんな猛反対した。
ランドローバーの運転手のイギリス人のジョンは、「北欧で仕事がないなら、ロンドンに来いよ」という。
「ロンドンで仕事はあるかな?」と訊くと。「あるよ!」と太鼓判を押す。
そこにクリスが加勢して、「俺もイギリスに行くよ。一緒に仕事を探そうぜ!」といいだした。
そんなこんなでみんなに説得され、わたしは日本に引き返すという考えを捨てて、彼らと一緒にランドローバーに乗ってヨーロッパを目指すことになったのだった。
最終的に、クリスとマーティンとステファンのヨーロッパ人三人組、オーストラリア人のネッド、イギリス人のクライブ、そしてわたしの6人が16ドル払ってランドローバーのステーションワゴンに同乗することになり、
これに運転手役のイギリス人のジョンとジョージを加えて、総勢8人で旅行することになった。
一緒に旅してみてわかったが、彼らはお世辞にも上品な連中とはいえなかった。
特に言葉遣いが汚くて、まるで枕詞みたいにファックとかファッキングという言葉を使う。
わたしもすっかり影響を受けて、英語を話すときにこの四文字言葉を連発するようになったので、ヨーロッパに行ってからは随分と顰蹙を買ったものだ。
いずれにせよ、英語では苦労した。
総勢8人の内、英語ネイティブのイギリス人が3人にオーストラリア人が1人、残りの3人のヨーロッパ人もオーストラリアに出稼ぎに行っていたから、英語には不自由していなかった。
唯一、日本人であるわたしだけが英語を上手く話せなかったのだが、誰もそんなわたしに気を遣ってくれなかった。
特にイギリス人たちは平気でスラング混じりの早口の英語でわたしに話しかけてくる。
「そんな早口じゃ、理解できないよ。もっとゆっくり話してくれないと!」
わたしが癇癪を起しても、彼らはわたしがなんで怒っているのか理解できないらしく、キョトンとした顔をしていた。
イギリス人にとって、人間というのは人種や国籍に関係なく、英語を話せるのが当然で、話せないのは本人が悪いことになるらしい。
実際、イギリス人は外国人を褒めるときによく「彼は流暢な英語を話す」という。
英語をよく話すとイギリス人から文明人として認めてもらえるらしい。
もっともわたしが一緒に旅している連中は文明人とは程遠かった。
テヘランを出てタブリーズに向かって走っているときに途中でドライブインに立ち寄って食事をしたのだが、ドライブインの駐車場には多くのトラックが停まっていた。
中にロール状に巻かれた高価なペルシャ絨毯を荷台いっぱいに積んだトラックがあった。
それを見たジョンとクリスの目の色が変わり、二人の目が合った。
「やろうか?こんなに沢山あるんだから1本や2本、盗んでもわからないだろう」
彼らの目はそういっていた。
かろうじて理性が働いたらしく、二人は何もせずにドライブインのレストランに入っていったが、ヤバい連中と一緒になったもんだと思った。
続く