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Channel: ジャックの談話室
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昨日の旅(12)

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☆ 夜のルンピニ公園

ルンピニ公園は、ユースホステルのあったチュラロンコン大学のキャンパスから近かったので、毎日のように行っていたが、ある晩、不思議な体験をした。

公園を歩いていると、ひとりのタイ人の若者が寄ってきてタイ語で話しかけてきた。
しかし生憎とわたしはタイ語ができない。
それでCan you speak english ?と尋ねたが、彼はクビを振る。
それではしょうがない。「会話は無理だ、残念だね」という意味を込めて肩をすくめてみせて、歩き出したが、彼はわたしの傍から離れようとせず、そのまま付いてきて、なにか言いたそうな目でわたしをじっと見ている。
年の頃は二十歳前後、森進一みたいなぽってりした唇が夜目にも赤くヌレヌレと光っていて、なにやら怪しい感じだった。
そのまま会話を交わすことなく、シーロム通りに近いラーマ6世の銅像が建っている出口まで歩いていったが、公園を出て明るい照明の下で彼の顔を見て驚いた。
唇が赤いのもどおり、彼は口紅をつけていたのである。

バンコクでは、もうひとつ面白い、というか怖い体験をした。

ある晩、大学のキャンパスを通って、泊まっているユースホステルに戻ろうとしていたとき、わたしの後ろから犬が2匹、ついてくるのに気がついた。

バンコクには野犬が多い。日本では野良犬が見つかると、保健所が捕獲して殺処分するので遭遇する確率は小さいが、バンコク市内では至るところで野犬をみかける。

聞くところによると、仏教国であるタイでは殺生を禁止する仏教の教えのお陰で、野犬は野放しになっているそうだ。

バンコク市内には、街のあちこちに屋台が出ていて、野犬たちはその残飯を食べて生きているという。

問題なのは、これら野犬の大半が狂犬病の予防接種を受けておらず、噛まれると狂犬病に罹る危険があることだ。

おまけにタイの野犬はよく噛みついてくる。

一度、バンコクの街を歩いていて、屋台の傍を通ったら、屋台の裏に隠れていた野犬にいきなり噛みつかれたことがある。

幸い、そのときは短パンではなく、チノパンを穿いていて、布の上から噛まれたので、脚に歯形はついたものの、噛まれて出血するところまではいかなかったが。

元々、犬好きでない上に、そういうタイ特有の野犬の危険さもあって、あとを追ってくる犬たちに気味悪さを感じたのだが、夜の大学のキャンパスは真っ暗で、わたし以外に人影は見当たらない。

いきなり走って逃げたりしたら、犬は追いかけてくるだろう。それで犬に気づかれぬように足を早めて歩いたが、後ろを振り向いたら、いつのまにか犬の群れは20匹くらいに増えていた。

低い唸り声を挙げながら、あとをつけてくる犬たちに恐怖を感じ、近くの校舎に駆け込んで階段を上ったが、犬たちもわたしのあとを追って校舎に入ってきて階段を上ってくる。
階段を上った2階の廊下の突き当りにトイレがあって、その中に逃げ込み、内側から扉に施錠して、トイレの窓から外に向かって大声で「Help !」と叫んだら、
声を聞きつけた、近くの小屋で寝ていたと思われる管理人らしい中年男が裸に腰布を巻きつけたままの恰好で出てきて、犬の群れを追い払ってくれた。
わたしとカルロッテが泊まっていたユースホステルに若いドイツ人の夫婦がいた。
ダンナは22歳の学生で、奥さんが2つ年上の24歳、これが新婚旅行だという。
ユースホステルは、男女別々のドミトリーしかなく、シングルルームやダブルルームはなかった。
ある昼間、カルロッテが所在なげに中庭に佇んでいるのをみて、どうしたのかと訊いたら、ドイツ人の奥さんに頼まれてドミトリーを出ているという。
そのとき、女性用ドミトリーに泊まっていたのは、カルロッテとドイツ人の奥さんだけで、奥さんがダンナと二人だけのときを過ごせるように外に出ていたのだ。
新婚カップルなんだから、夫婦一緒のときを過ごしたいと思うのは当然だが、新婚旅行でわざわざ個室のないユースホステルに泊まるというのも、かなり物好きだと思った。
小柄なダンナは若かったけれど、とてもしっかりした人で、結局、カルロッテはこのドイツ人夫婦と一緒にスウェーデンに帰ることになった。
続く

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