大阪を舞台にした日本映画の名作を10本、選んでみました。
相変わらず、昔の映画ばかりで恐縮ですが (^^;
①『春琴抄 お琴と佐助』(1935)
監督:島津保次郎
主演:田中絹代、高田浩吉
谷崎潤一郎原作の驕慢な性格の盲目の三味線師匠、春琴に盲目的に奉仕する丁稚の佐助のSM的純愛物語を映画化した作品。
この作品は、これ以後、何度もリメイクされ、その時々の人気女優が春琴を演じているが、本作の田中絹代の春琴が一番良い。
戦後、歌うスターとして時代劇によく出ていた佐助役の高田幸吉は、この頃はモダンな風貌のイケメンだった。
②『浪華悲歌』(1936)
監督:溝口健二
主演:山田五十鈴
この作品で印象的だったのは大阪弁が持つ強さ。
ラストシーンで、美人局事件を起こして家族に捨てられて行き場所を失った山田五十鈴が、道頓堀にかかる橋の上で欄干にもたれて川の水をぼんやりと眺めているときに、
通りがかりの知り合いの男に「こんなとこでなにしてるんや」と声をかけられて、
「野良犬や、どないしてええかわからへんのや」と吐き捨てるように答えるのだが、このセリフが大阪弁でなければ、効果はだいぶ減じていたのではないかと思う。
③『残菊物語』(1939)
監督:溝口健二
主演:花柳章太郎、森赫子
歌舞伎役者、二代目尾上菊之助の悲恋を描いた溝口健二の「芸道三部作」の一作。
この『残菊物語』が公開された1939年には、アメリカで『風と共に去りぬ』が封切られ、
戦時中にシンガポールでこの映画を観た小津安二郎が、「こんな映画を作る国と戦争して勝てるわけない」といったと伝えられているが、
日本でも同時期にこの大作が作られたわけで、それほど卑下する必要はないのではないかという気がする。
芝居小屋のセットは見事だし、ラストの道頓堀川の船乗りのシーンもスペクタル性があるし、
ロングショットを多用したその撮影技法は、ゴダール初めフランスのヌーベルバーグの監督に大きな影響を与えたといわれている。
4.『王将』(1948)
監督:伊藤大輔
主演:坂東妻三郎
大阪、天王寺の貧民街出身の将棋界の鬼才、坂田三吉の半生を描いた作品。
監督の伊藤大輔は、「移動大好き」と異名をとったそうで、この作品でもスピード感あふれる移動シーンが見られる。
坂田三吉演じる坂妻は貫禄十分。本物のスタアという感じ。
長男の故田村高廣が生前、坂妻襲名を頑なに拒絶した気持ちがわかる。田村三兄弟が束になってかかっても、この親父さんには敵わないだろう。
⑤『めし』(1951)
主演:原節子、上原謙
大阪の下町に住む安サラリーマン夫婦の人生の哀歓を描いた作品。
世帯やつれした妻の役は、原節子に似合わないような気もするが、ちゃんと様になってるのはさすが成瀬監督。
夫婦が住む長屋は、阪堺線の「天神ノ森」駅周辺で、そこから距離的にはそう離れていない高級住宅地の帝塚山に原節子の親戚が住むという設定で、夫婦の住む長屋と原節子の親戚が住む豪邸が対比的に描かれている。
上原謙の夫が東京から大阪にやってきた姪の島崎雪子を連れて観光バスに乗り、大阪城を見物するシーンがある。
⑥『大阪の宿』(1954)
主演:佐野周二
五所平之助監督は、この作品の前年に公開された『煙突の見える場所』が名作の誉れ高いが、個人的にはこっちの作品が好き。
東京から大阪に左遷されたサラリーマンの佐野周二が下宿代わりに住んだ安宿で、宿の女中たちや出入りの商人たちと仲良くなり、大阪人の金、金、金のがめつさに辟易しながらも、温かく見守るという話。
音羽信子の芸者「うわばみ」が絶品。佐野周二もいい役者だった。息子は最低だけど。
⑦『夫婦善哉』(1955)
主演:森繁久彌、淡島千景
織田作之助原作の同名小説を映画化した作品。道楽が過ぎて親に勘当された化粧品問屋の息子の柳吉を助ける芸者上がりのしっかり者の女房、蝶子の奮闘を描いた人情味あふれるコメディ映画。
柳吉役の森繁はこの作品でブレイクした。彼が演じた柳吉は、『浮雲』(1995)で森雅之が演じた富岡と共に日本映画が描いた二大ダメ男として映画史に残ると思う。
蝶子役の淡島千景は大阪弁を完璧に話しているが、実は東京出身で、大阪弁のセリフに泣かされたと聞いてびっくりした。
ラストシーンの法善寺横丁のセットは素晴らしい。
⑧『がめつい奴』(1960)
主演:三益愛子、中山千夏
菊田一夫作・演出の同名の大ヒットした舞台劇の映画化作品。
舞台は大阪、釜ヶ崎、「釜ヶ崎は日本のカスバと呼ばれている」という冒頭のナレーションが笑わせる。
主役のお鹿婆さんと孫娘のテコは、舞台と同じ三益愛子と中山千夏が演じている。
テコ役の中山千夏は当時、天才子役と謳われたが、長ずるに及んでフェミにかぶれ、おかしな方向にいってしまい、子役は大成しないというジンクスを身をもって示した。
日本映画が一番、元気だった頃の作品で、俳優たちが生き生きと演じている。
⑨『“エロ事師”たちより人類学入門』
主演:小沢昭一、坂本スミ子
二代目中村鴈治郎が演じる老舗のご隠居さんのエピソードが笑わせる。
鴈治郎の老舗のご隠居さんが、エロ関係の仕事ならなんでも引き受ける小沢昭一演じるエロ事師のスブやんに、
「なあ、スブやん、恥ずかしい話やけど、わしはこの齢になるまで処女とやったこといっぺんもないんや。女房も家付き娘で処女やなかったし、このままでは死んでも死に切れんのや」とかきくどく。
「まかしといておくれやす」と頼もしく答えるスブやん、遣り手婆のミヤコ蝶々に会いにいって、「客が処女をひとり欲しがってるんやけど」
蝶々は近くで赤ん坊を抱いている若い女を指さし、「処女やったら、あの娘がええわ。あの娘はなんべんも処女やってるさかいに」
そしてご隠居さんとのお目見えシーンで、その若い娘がセーラー服姿で登場!
スブやんがおもむろに「一応、念のために」と医者が書いたという「処女証明書」なるものを差し出すと、
「なにもそこまでやってくれんでも」といいながら、相好を崩す鴈治郎が傑作だった。
⑩『泥の河』(1981)
主演:田村高廣、藤田弓子
宮本輝の小説を小栗康平が映画化した作品。これまで観た中で一番泣いた映画。
決してお涙頂戴式の映画ではないのだが、主人公の少年と自分の子供時代がかぶり、冒頭の少年が「おかあちゃん!」と叫ぶシーンでドッと涙があふれ、
そのあと最後まで涙、涙で、あらすじはよく覚えていない。
小栗監督はこの作品が処女作だが、二作目以降はひとりよがりで難解な「芸術映画」ばかり撮るようになったのは残念である。