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フィリピンの反米感情

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フィリピンのドゥテルテ大統領

去る12月2日、アメリカのトランプ次期大統領はフィリピンのドゥテルテ大統領と電話会談し、ドゥテルテ氏にワシントンとニューヨークを訪問するように招待したそうです。

ドゥテルテ氏は6月にフィリピン大統領に就任したのですが、麻薬犯罪撲滅を掲げる同政権の下で密売人らの殺害が続いていることをアメリカのオバマ米大統領が人権問題と批判、

それに激怒したドゥテルテ大統領がオバマ大統領に対して暴言を吐いたため、9月5日に予定されていたASEAN首脳会議での両首脳の会談は中止になってしまいました。

ドゥテルテ大統領が激怒したのは、フィリピンがかってアメリカの植民地だったことと無関係ではないでしょう。

フィリピンは元々、スペインの植民地だったのですが、1896年にスペイン人と土着のマレー人の混血であるメスティーソが支配階級のスペイン人に反旗を翻し、

エミリオ・アギナルド将軍率いる反乱軍がフィリピン独立を求めてスペイン軍と戦います。

当時、キューバの独立をめぐってスペインと戦争していたアメリカは反乱軍を支援し、フィリピンにアメリカ軍を派遣します。


しかし、その後、アメリカはスペインと裏取引し、2000万ドルをスペインに払ってフィリピンを購入し、フィリピンを自国の植民地にしようとするのです。

そのため、フィリピンの反乱軍は今度はアメリカ軍と戦うことになるのですが、3年間の戦争の末、圧倒的な軍事力を誇るアメリカに屈服し、アメリカの植民地になってしまいます。

3年間の戦争でアメリカ軍の死者は僅か883人、対するフィリピン側は(人口600万人のうち)100万人が死亡、その中で反乱軍の死者は1万6000人だけで、残る98万4000人は民間人だったといいます。

アメリカ軍の将軍たちが兵士に「原住民を皆殺しにしろ」と命令したお陰で、ベトナム戦争でのソンミ村事件のような民間人の虐殺がフィリピン全土で起こったのです(出展:スターリング・シーグレーブ著「マルコス王朝」)。

ドゥテルテ大統領はオバマ大統領に反論する会見でわざわざこのときの虐殺の写真を持参して見せたそうですが、

お前らアメリカ人は上から目線でエラソーに人権だのなんだのと俺に説教するが、お前らがフィリピンでやったことを忘れたのか!といいたかったのでしょう。

私は1980年代に毎年のようにフィリピンに行ってましたが、当時からフィリピン人は親日であると同時に反米でした。

私が主に付き合ったフィリピン人はマネーボーイでしたが、アメリカ人はモノがデカいうえにやり方が乱暴なので、アメリカ人の客をとったあとは大事な商売道具がしばらくは使いモノにならなくなる。

その点、日本人はモノが大きくないし、優しいし、日本人の客の方がずっと好きだといってました。

あるとき、デル=ピラール通りのゴーゴーバーでオフしたゴーゴーボーイを連れてマニラから南130キロのところにあるビーチリゾートのプエルトガレラに遊びにいったことがあります。

プエルトガレラはマニラからバスとフェリーを乗り継いで半日で行ける手軽なリゾート地で、フィリピンに女目的でやって来た男性ツーリストがバーで知り合った女性とよく一緒に行く場所として知られています。

私の場合は、女性の代わりに男の子を連れて行ったのですが、バスでやはりプエルトガレラに行く十代のアメリカ人のグループと偶然、乗り合わせ、

彼らのフィリピン人にたいする横柄な振る舞いを目のあたりにしてショックを受けたことを覚えています。

彼らはフィリピンに駐留する米軍の家族だったと思うのですが、フィリピン人を完全に土人扱いしていて、バスの中やフェリーでちょっとでも気にくわないことがあると怒鳴り散らし、

ことに女たちは生意気で、フィリピン人の男の子を連れている私をみると大げさに顔をしかめ、汚いものを見るような目で私を見ていました。

私はアメリカが大嫌いで、飛行機の乗り継ぎの関係でアメリカの空港に立ち寄った以外、アメリカに行ったことは一度もないのですが、

世界各地でこういう傲慢なアメリカ人に出会っているので、どうしても行く気になれないのです。

その後、1991年にピナツボ火山の大噴火が起こり、米軍が使用していたクラーク、スービック両基地が火山灰に覆われて使用不可能になったことをきっかけに米軍はフィリピンから撤退するのですが、

その背景にはフィリピン人の反米感情がピークに達していたことがあったと思います。

しかし、アメリカ軍がフィリピンから撤退すると待ってましたとばかり中国が南シナ海に進出してきて、それまでフィリピンが実効支配していた南沙諸島を占領してしまいます。

ガラの悪い用心棒を追い出したら、もっとタチの悪い暴力団がやってきたようなもので、困ったフィリピンは再び米軍のフィリピン駐留を要請することになります。

フィリピンのアキノ前大統領は、中国の覇権主義に対抗するために、東シナ海で中国と問題を抱えている日本の安倍首相と連携し、アメリカを味方に引き入れて日米比が団結して中国を封じ込める計画を進めるのですが、

オバマはドゥテルテを怒らせて、アキノ前大統領が苦心して作り上げたせっかくの同盟計画をぶち壊してしまったのです。

オバマという人はケニア人の父親を持ち、ハワイで生まれてインドネシアで育ち、ミドルネームがフセインであるというバックグラウンドをもつわりにはアジア・アフリカの文化に対する理解がまったくなく、

アメリカのリベラル特有のポリコレ原理主義に立って上から目線で説教ばかりするのでアジア・アフリカ諸国の多くの首脳に嫌われてしまったのですが、

オバマと違ってトランプは元々商売人だからドゥテルテを如才なくもてなすだろうし、ドゥテルテの方もオバマは嫌いだけれどトランプとは気が合いそうだといってるので、

是非とも、中国になびきかけた彼をこっち側の陣営に引き戻してもらいたいものです。


本日のつぶやき

台湾で生まれ育ち、敗戦で日本に引き揚げた日本人が故郷台湾への郷愁の思いを熱く語るドキュメンタリー映画『湾生回家』(わんせいかいか)を観てきました。人間にとって故国とは何かを考えさせる映画でした。

つぶやき2

ゲイが普通にノンケ社会でカムして受け入れられて、
自分の事ゲイだとみんな知ってるけど、ノンケ男女友達もいるし、
セックス抜き好み関係なしゲイ友達も仕事場や公共の場で普通に作れるし、
彼氏作ったら誰にでも紹介できるし、
ゲイである事が個性的でさえもない生活に慣れたら、日本には住みにくいだろうね。 
こういうの日本にいたら想像もつかないんじゃないかな。

上の文章はだいぶ前に2ちゃんねるの掲示板でみかけた書き込みですが、トランプ当選後、LGBTに対するヘイトが吹き荒れていると伝えられる中、このアメリカ出羽守はまだ息をしているでしょうか。

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