昔、仕事の関係でサハラ砂漠のど真ん中のオアシスの町のホテルに一年間ほど滞在したことかあります。
そのホテルから100キロほど離れたところに液化天然ガス(LNG)のプラントを建設するプロジェクトがあって、そのために働いていたのですが、
このプロジェクトには日本企業だけでなく様々な国の企業が参加していて、そのため、この砂漠のオアシスのホテルにはプロジェクトに関係する様々な国籍の人間が滞在していました。
お陰で、ホテルに滞在しているオランダ人が故国オランダから送られてきたニシンを部屋の中で焼いて、その煙が窓から流れ出して「すわ、火事か!」と大騒ぎになったり、
彫り物自慢の日本人の職人が十数人、プールサイドに集まって上半身裸になって刺青の華をいっせいに咲かせて、フランス人観光客を驚かしたり、いろいろ面白い出来事がありました。
ホテルには長期の滞在客だけでなく、短期の滞在客もいましたが、やはり国際色豊かで、湾岸諸国のシェイクたちが大勢の随員を引き連れて鷹狩りにやってきたり、
仕立てのよい人民服に身を包んだ、みるからにエリート然とした若い中国人が「紅旗」と呼ばれた当時の中国製高級車に乗って現れたり。。。
ほとんどの国の企業は、このプロジェクトのために男性社員しか送り込んでいなかったのですが、アメリカ企業だけは例外で、若いアメリカ人女性が働いていました。
私たち日本人は彼女たちのことをアメリカ人の男性社員のお相手をするために雇われている「慰安婦」だと思っていました。
ホテルでは週末になると彼女たちの部屋でホテルのボーイたちも参加した乱交パーティーが開かれるとのもっぱらの噂で、ホテルの廊下をアメリカ人の若い女性が素っ裸で走り回っていたとか、
夜中にイケメンの日本人の部屋をノックする音が聞こえるので、ドアを開けたら、素裸にコートを纏っただけのアメリカ人の女の子が立っていて、
「今、あたしの部屋でパーティーをやってるんだけど、来ません?」
と嫣然と笑って誘ったとかという話が広まっていました。
あるとき、用事があってアメリカの会社の事務所に行ったら、彼女たちの一人が真面目くさってタイプを叩いていたので、
「夜だけでなく昼間も働いているんだ!」と驚いたことを覚えています。
別の週末にあるアメリカ人の部屋で開かれているパーティーに行って、居合わせたアメリカ人のオッサンとホテルのボーイの取り合いで喧嘩になったことがありますが、
週明けに用事があって、アメリカの会社の事務所にいったら、なんと担当がそのオッサンで、お互い何喰わぬ顔をして仕事の話をしてましたが、さすがに気まずかったですw
このホテルで、私はある黒人のボーイにSEXのデリバリーサービスを頼んでいました。
彼は毎日、私が仕事を終えてホテルに戻ってきた頃を見計らって、ホテルの部屋に御用聞きにやってきて。
「今日はどうですか」
と訊くので、そのときの気分次第で。
「今日は疲れてるからいいよ」とか「9時に来て」とか答えていました。
彼はホテルのレストランで働いていて、私は通常、キャンプのレストランで食事をしていたので、ホテルのレストランで食事をすることはめったになかったのですが、
あるとき、偶々、ほかの日本人社員と一緒にホテルでランチを取ることになり、レストランに顔を出したら、そのボーイは大喜びで、ブッフェ形式のセルフサービスなのに、
「お前はここに座ってろ!」といい、自分で皿に料理を盛って私の席に運んできたり、ほかの客はほったらかしで、私だけにいたれりつくせりのサービスをするので、
ほかの日本人社員に気付かれないかひやひやしてましたが、幸い、日本人はその方面の事柄には疎いので気付かれることはなくホッとしました。
ただ一人ユーゴ人の社員が混じっていて、彼は私とボーイの関係をすぐに見抜き、ニヤニヤ笑って私とボーイを見ていました。
ゲイリブは二言目には「可視化、可視化」というけれど、世の中には、知られなければ知られない方がよいことがいっぱいあるのです!
私が人生で一、二を争う凄いセックスを経験したのもこのホテルでした。
町のレストランで偶々、ひっかけた若い男をこのホテルに連れ込んだのですが、一発目はわりと早く終わったんだけど、二発目は延々、続いて凄かった。
俗に九浅一深とか三浅一深とかいいますが、彼の場合は六浅一深といった感じで、ちんぽの先で入り口あたりをこねるように突きまわしてから、ずーんと一気に奥の方まで突いてくるのです。
それがもう本当に気持ちよくって。。。
必死で声が出そうになるのを抑えていたら、「気持ちいいんなら、もっと声出せよ」というので、我慢せずに出したのですが、翌朝、隣室の日本人に嫌味をいわれてしまいました(^^;
彼はそのうち私の身体を抱いてベッドを出て、駅弁スタイルで部屋中を歩き回り、バスルームまで行くと、洗面台に私の上半身を降して、局部を手で覆って隠すようにいい、
結合部をしみじみ眺めながら「こうして見ると女と変わりないなぁ」などと独り言みたいに呟いていました。
彼とは次の週に最初に出会ったレストランで再会する約束をしたのですが、約束の時間に彼は現れませんでした。
男との出会いは常に一期一会です。
私はこのとき、まだ20代でしたが、これからあと何十年生きようが、こんな凄いセックスは二度と体験できないだろうと思いました。
しかしそれから数十年後、私はブラジルで、まったくタイプは違うけど、このときのセックスに勝るとも劣らない強烈なセックスを体験し、長生きはするもんだと思ったのでした。
「世界OTOKO紀行」