一橋大学のロースクールで学んでいるホモの学生が同級生のノンケの学生にホモであることを告白して恋人になって欲しいといったら、
そのノンケ学生がLINEで同じグループを作る仲間たちにそのことをバラしてしまい、ホモ学生はショックで大学の建物から飛び降り自殺し、遺族が相手の学生と大学を訴えたという事件が話題になっています。
私はこの自殺したホモの学生に同情はしますが、ノンケ相手にホモであることをカミングアウトするのであれば、周囲にそのことを言いふらされるリスクがあることをあらかじめ覚悟しておくべきだったと思います。
この学生はホモであることをバラされたあと、大学のハラスメント相談室に相談しに行ったそうですが、そんなところに相談しにいってもなんの役にも立たちませんヨ!
フツーだったら仲の良い友人に相談するところですが、彼にはそういう友人がいなかったみたいで、唯一、信頼して告白したノンケの友人に裏切られて行き場がなくなってしまったのでしょう。
だからといって自殺するほどのことだとは思えませんが。
この事件に関連して、以前、アメリカの学生寮であるインド系の学生がルームメイトのゲイの学生が恋人を部屋に連れ込んでセックスしているところを盗撮してその映像をインターネットで公開し、
それを知ったゲイの学生がショックのあまり自殺した事件を引き合いに出すリブ釜がいますが、このアメリカの事件は今回の事件と較べてずっと悪質で、
友人がホモであることを仲間にバラしてしまった一橋大のノンケ学生の軽率な行動は責められるべきではあるものの、彼にこのアメリカの学生ほどの悪意はなかったと思います。
いずれにせよ、自殺したホモの学生も、彼がホモであることをバラしたノンケの学生も、人付き合いの下手なところがあって、うまく事態に対応できなかったのではないでしょうか。
ゲイリブたちは今回の事件を早速利用して、自殺した学生の追悼集会を開いたそうですが、この集会に出席したあるリブ釜は自分の周囲にも自殺したゲイが5人いると語ったそうです。
ホンマかいな?
私には自殺したホモの知り合いなんて一人もいませんけど。
ゲイリブは二言目には、ホモの自殺率が高いといいますが、正確にいうとホモの自殺率が高いのではなくて、ゲイリブにかぶれているリブ釜の自殺率が高いのではないでしょうか。
ゲイリブのグループにはメンヘラと呼ばれる精神に問題を抱えたホモが沢山、集まっているそうですから。
この自殺した一橋大のホモの学生も精神的に不安定なところがあったのではないかという気がします。
いずれにせよ、今回の事件によって、カミングアウトをするホモはますます減るでしょう。
下手に告白して周囲に言いふらされたら、たまったもんじゃないですからね。
現在、LGBT団体が企業向けにやってるLGBT研修なども、肝心のホモやレズの社員がカミングアウトしないだろうから、うまくいかないと思いますね。
いくら会社が「ゲイフレンドリー宣言」をしたとしても、社員の中には同性愛者を嫌う人間はいるだろうし、口さがない女子社員に「あの人、ホモなんだって」などと噂されるのは気持ちの良いものではないし、
客観的にいって会社でカミングアウトなんかしても良いことはなにもないですから。
仕事のできる社員ほどそういうことが判ってるから、結局、カミングアウトをするのは、ゲイリブにかぶれたおかしな社員だけということになりかねません。
そもそも私がこのブログで何度も繰り返しいっているように、日本人にはカミングアウトは似合いません。
日本社会では自己主張が嫌われるのに、カミングアウトは自己主張以外の何ものでもないからです。
それで自民党がLGBT対策として「カミングアウトをしなくてもよい社会」の実現を目指すと言い出したとき、さすが自民党と感心しました。
私は自民党の政策にすべて賛成しているわけではありませんが、この点に関しては、やはり自民党は日本人の本質を理解している。ゲイリブとつるんでる共産や社民、民進などのサヨク政党とは違うと思ったものです。
それでは「カミングアウトをしなくてもよい社会」とは具体的にどのような社会をいうのでしょうか。
私自身の経験からいわせてもらうと、こちらが何もいわなくとも(カミングアウトしなくとも)相手が察して気を遣ってくれる社会です。
私はこれまで法事などで親戚が集まったときに、親戚のだれからも「まだ結婚しないのか?」と訊かれたことはありません。
一人だけ「あんたまだ結婚しないの?」とずけずけ訊いてくる叔母さんがいたのですが、彼女はだいぶ前にほかの親戚と金銭上のトラブルを起こして、親戚の集まりには出て来なくなり、
その結果、私にそのようなことを訊く親戚はまったくいなくなったのです。
私はそのことを大して気に止めていなかったのですが、今思うと、親戚の人間はみんな私がホモであることを分かっていて、気を遣ってその種の話題を避けるようにしてくれていたのだと思います。
私はカミングアウトはしませんでしたが、子供の頃から女性的な子供だったので(小学校一年の担任の先生が通信簿にそう書いていた!)、親戚の間ではとっくにホモバレしていたのでしょう。
彼らがそのことを知りながら、それについてまったく触れなかったのは、私への思いやりだったのです。
職場でも同様です。
私が以前、働いていた会社でも私がホモであることを感づいていた同僚はけっこういたのではないかという気がしますが(オネエ丸出しだったので)、
私は向かって「あなたホモでしょ」みたいな不躾なことをいう人間は一人もいませんでした。
やはり私に気を遣って、気が付かないふりをしてくれていたのだと思います。
この日本で、私のようなホモがホモであることをそれほど意識せずに毎日生きていけるのは、日本人の人間関係が基本、思いやりでなりたっているからではないかという気がします。
本日のつぶやき
少年ブレンダ
@hibari_to_sora
【定期】「マイノリティをアイデンティティに主張するのおかしいでしょ?みんなただの人間でしょ?」 マイノリティとは単に「数が少ない」のではなく、そうであることで社会的に不利益がある、損している、困っているということ。アイデンティティや属性、能力、身分といったものとは違います。
日本ではマイノリティであることを主張すると、様々な特権、優遇措置を行政から受けられるのでマイノリティであることは利益があり、得をする。だからみんなマイノリティになりたがる。
つぶやき2
月清 @tsukikiyora · 32分32分前
良く、日本では性的少数者はいない者とされてきたって良く目にするけど、その表現はおかしいと思う。性的なことは個人的な趣味嗜好として扱われて来て公の場に開陳するなって話しだっただけのこと。